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Saturday, May 9, 2020

コロナ対策に「保証金」見直しを - Japan In-depth

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清谷信一(軍事ジャーナリスト)

【まとめ】

・コロナ対策に商業用賃貸契約の保証金見直しが極めて有用。

・法整備をするだけ。コストゼロで数兆円の経済効果に匹敵する。

・保証金低減は、中小零細の生存、起業、雇用でコロナ後も寄与。

コロナ対策に商業用不動産の保証金の見直しをすべきだ。保証金の減額が倒産や雇用止めを防ぐ極めて有用な策となる。過大な保証金を減らし、テナントに返すことができるようになれば、テナント、大家ともにメリットがある。特に小売店には効果大だ。

店舗や事務所などの賃貸の場合、家賃の20~30ヶ月分という金額の保証金を要求されるのが普通だ。ショッピングセンターなどの商業施設などでは40~50カ月にものぼる。統計がないのでハッキリは分からないが、日本全体ではこれらの保証金は恐らく兆円単位の金額になるだろう。

多額の保証金は、零細企業、特に起業したばかりの企業にとっては大きな負担だ。

例えば飲食店を起こそうとしよう。店舗の家賃が月30万円、事務所の家賃が月15万円としよう。共に保証金が20カ月分必要であれば、それだけで900万円の負担となる。仮に資本金が1千万円ならば、その9割が保証金で拘束されてしまう。これでは最初から資金繰りが厳しくなるのはいうまでもない。

しかも後述するが、こうした保証金は立ち退いた後に戻ってこない危険性が常にある。

ショッピングセンターは保証金が高額であるため、体力がない中小企業の出店は極めてハードルが高い。家賃が30万円で、60カ月の保証金ならば1800万円を出店時に用意しなければならない。町場の飲食店や雑貨屋が右から左に用意できる金額ではない。結局、全国どこでも同じ大手企業のチェーン店ばかりとなり、店舗構成も画一的になる。当然、消費者にとっては魅力が薄くなるし、地場産業の発展にもつながらない。高額な保証金は外国企業参入の妨げにもなっており、外国からの投資が増えない一因でもあろう。

▲写真 ショッピングモール(イメージ)出典: flickr / Dick Thomas Johnson

何故このように保証金が高いかといえば、それは我が国が法治国家ではないからだ。現在の法律と行政のシステムでは家賃を払わない、あるいは夜逃げしたようなテナントを勝手に排除することができない。

現在の法律とその運用では、賃貸料を払わないテナントがいても大家はそのテナントを排除する有効な手段がない。裁判をすると多額の訴訟費用がかかる。やっと判決が出ても、それを履行しないテナントへの罰則もない。テナントが夜逃げした場合も同じだ。大家はテナントの同意なく、商品を排除したり、内装を替えたりできない。

しかもそうするためには、裁判所の命令が必要だ。強制執行が可能になったとしても、その費用は大家持ちだ。しかも、排除した商品などは倉庫を借りて保管しなければならない。これまたカネがかかる。行政はなにもやってくれないし、時間と費用だけは膨大にかかる。筆者はテナントが銃刀法違反で逮捕され、次のテナントが入るまで2年以上かかったケースを知っている。つまり店舗経営は大家にとってはリスクが大きいビジネスなのだ。

テナントにとってもリスクが大きい。保証金は銀行など第三者に預けられる供託金ではなく、大家が直接管理している。このため大家が倒産や破綻したり、供託金を使い込んだりした場合、返って来ない恐れが高い。裁判を起こしてもこれまた多額の費用と時間がかかるし、有利な判決が出ても、相手が金融機関の口座を移してしまえば、差し押さえが出来ない。相手の口座情報は原告が特定しなければならない。

つまり、現在の商業賃貸契約は大家、テナント双方にとってリスクと負担が大きい。筆者は少なくとも先進国で、このような「無法」が放置されている国を知らない。

きちんと当局がテナントの不払いや夜逃げを排除し、保証金を供託金として金融機関があずかることができれば、テナントの運転資金は増えて、今回のコロナに際しても生き残るための原資となるだろう。

これを実現するのに費用はかからない。解決法としては、まず、不良テナントに対して裁判所が迅速に判決や退去命令を出し、警察や自治体など公的機関が実力を持って排除できるような制度にすればよい。法執行に至るまでの大家の経済的負担を最小限に留めるべきだ。

その上で、保証金は信託銀行などに供託金として預けることにして、大家が勝手に流用できないようにすべきだ。こうすれば大家の負うリスクを代替する保証金は数カ月分で済むだろう。別に難しいことではない。法治国家としてやるべきことをやればいいだけだ

法律を書き換え、それを当局が迅速に執行するだけだ。それだけで少なく見ても数兆円、多ければ10兆円単位に達する融資に匹敵する経済効果がほぼコストゼロで実現できる。

例えば、家賃50万円で、保証金が20ヶ月、1千万円の飲食店だとしよう。この保証金を2ヶ月にすれば100万円だ。すると900万円の資金がテナントに戻ってくる。仮に毎月の売上が400万円で、人件費やあれこれ経費が300万円だとしよう。完全に休業すれば約3割の食材費はかからないので、120万円マイナスだから180万円。デイタイムだけの営業であればその半分の60万円として経費は240万円だ。そうであれば4~5ヶ月は運転資金が持つことになる。

我が国の法人の9割以上が中小企業である。その多くは小売店や飲食店、サービス業だ。保証金が数カ月程度になれば恐らく数兆円以上の資金が中小企業に流れ込んだのと同じか、それ以上の経済効果が期待できる。これはコロナ対策にかぎらず、中小零細企業の生存性と経営の効率化に大きく貢献するはずだ。また起業の促進にも寄与する。

保証金に払う金額が例えば30ヶ月分が3ヶ月分に減らせれば相当資金繰りが楽になる。黒字になるまで耐えられる期間は大幅に伸びるし、金融機関からの借り入れも減らせるから、利子の支払いも減らせる。また、より優秀な人材を雇うこともできる。レストランなら食材にかけるコストを引き上げ、より美味しい食事を提供することも可能となるだろう。

一般に、新規のビジネスは3年で9割が淘汰されるというが、この過大な保証金がなければ、より多くの新しいビジネスが生き残ることができるだろう。またサービス業の従業員は一般に所得が低い傾向にあるが、これも緩和されるだろう。

日本の輸出額はGDP(国民総生産)の15%程度、これに対して個人消費は55%を占める。その個人消費で多くの中小零細企業がメシを喰っている。またその経営者や従業員は消費者でもある。中小企業が元気になり、雇用が増えれば内需は拡大する。保証金の見直しは需要の拡大という点でもメリットが大きい。

大家にしても当局がきちんと、テナントの不払いや夜逃げに対応するならばメリットは大きい。仮にテナントが廃業したり、夜逃げしたりした場合、保証金で穴埋めができても、この状況下では次のテナントが簡単には容易には決まらない。

▲写真 イメージ 出典: flickr / Japanexperterna.se

休業補償と合わせて小売店、飲食店に保証料の過半を戻すようなシステムができれば、多くの業者が今回のコロナ騒ぎから生き残ることができるだろう。また雇用も維持できる。対して家賃が払えずに廃業した場合、多くの職が失われ、失業者を生むことになる。特に自営業者や経営者は失業保険にはいれないので、困窮が深刻な問題となる。

とりあえず、過渡的には政府が大家に何割かの保証金を返すように要請し、それでテナントが家賃の滞納や夜逃げした場合、当局が補償するようにすればいいだろう。その間法整備や、行政の実務の手順を詰めればいい。繰り返すが、これはコロナ以後の小売店の資金繰りや投資にも有用だ。

近年、実店舗の売り上げは大きく減退している。反面、ネットショップやネットモールは売り上げも新規参入者も増加の一途を辿っている。むろん、ネット通販の利便性がその大きな要因だろう。だがそれだけではない。ネットモールに出店しても10~60カ月などいう法外な保証金は要求されない。実店舗を出店するより遙かに低コストだし、リスクも少ない。自宅かマンションの事務所兼倉庫で商売が始められる。実店舗の小売店を生き残らせるためにも保証金の低減化は必要だ。

筆者はなぜ多くの政治家や、「経済の専門家」を自称する経済評論家やエコノミストがこの件に触れないのか不思議で仕方ない。

【参考文献】

・通産省「商業施設の差入れ保証金等に係るアンケート調査結果」(2000年8月)

・J-REIT商業施設の賃貸借における敷金・保証金の評価モデルを 用いた契約価値評価(慶應義塾大学理工学部管理工学科・枇々木規雄氏)

・経産省「テナント保証金問題研究会」テナント保証金問題研究会中間報告書

・民間にある「埋蔵金」商業不動産の馬鹿高い保証金(清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」2008年10月16日付)

トップ写真:イメージ 出典:flickr / Nori Norisa

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この記事を書いた人
清谷信一軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家

日本ペンクラブ会員

日本コスト評価学会会員

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 1962年生。東海大学工学部卒。

軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。

08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。

軍事を主たるフィールドとし、海外取材活動(欧州、中東、南アフリカなど)を活かした国際的な見地に立った著作活動を行う。内外の具体例に基づいた防衛省・自衛隊批評や提言は元防衛庁長官、石破茂氏にも影響を与え、石破氏が長官時代の防衛庁改革ではその指摘の是正が少なからず実現した(三自衛隊の統合運用や特殊部隊、狙撃部隊の創設、陸自の旅団導入、空自の基地警備、海自の地方隊の縮小など)。

自ら起業して、貿易や小売業を手がけており、起業家の視点からの執筆も多い。またサブカルチャーにも造詣が深い。90年代初頭からアニメやマンガなど日本のサブカルチャーの世界進出をいち早く予見、これを国益の観点から論じた。著書「ル・オタク フランスおたく物語」はこの分野の基礎文献となっている。

専門誌はもちろん、右は「正論」から左は「週刊金曜日」まで幅広い媒体にイデオロギーにとらわれず寄稿。また、日経ビジネスオンラインや朝日新聞のWEBRONZA+などのネット媒体にも寄稿。

〔著作〕

  • 国防の死角(PHP)
  • 専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
  • 防衛破綻 「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
  • ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
  • 自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
  • 弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
  • こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
  • 不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
  • Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。

〔共著〕

  • 軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
  • すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
  • アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
  • ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
  • 世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
  • 間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
  • 達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
  • 真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
  • 熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。

〔監訳〕

  • ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
  • SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
  • 太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)

〔ゲーム・シナリオ〕

  • 現代大戦略2001~海外派兵への道~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2002 ~有事法発動の時~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略2003 テロ国家を制圧せよ(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2004 ~日中国境紛争勃発!~(システムソフト・アルファー)
  • 現代大戦略 2005 ~護国の盾・イージス艦隊~(システムソフト・アルファー)
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